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フラクタル理論とキャリア

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僕は時々親父とスカイプで色々話す。うちの親父はかなり勤勉な小さなおっさんで、経済やらITやらにやたら詳しい。僕が大学を卒業したあたりから、なぜか「お前も知っているよな?」という論調で会話をしてくる習性があってこの前は、「フラクタル理論って知ってるだろ?」と言われた。そして僕は「ん???」と答えた。

フラクタル理論とは幾何学の理論だそうだ。

細かな部分の変動の連続が全体を作り上げており、波の形が整数倍や黄金比に縮小されたり、拡大されたりして現れるとする理論。日本語では自己相似と訳す。自然界に存在しているさまざまな物象は、一見不規則な形をとっているが、拡大して見ても縮小して見ても、同じに見えるものが少なくない。1975年、IBMの数学者ベノワ・マンデルブロが提唱した理論。

つまり、大きな物体でも細胞のように小さなものも似た形状になることが少なくないということ。なんかそれってなんだかキャリアを考えるのと近いなぁーなんて色々考え始めてしまった。

スペシャリスト vs ゼネラリスト

フラクタル理論のようにどっちにしても同じ形状という点では、スペシャリストもゼネラリストも最終的には同じような知識の形状になるのではないだろうか。

大学の4年間をアメリカで過ごし、スペシャリスト、何かの領域のエキスパートになることを求められそれを前提に学んでいた。個人個人が何かのエキスパートだから他の人と共同で仕事をする価値が生まれる。例えば、仕事をバンドだと考えた時に、みんながギタリストだとバンドは成立しない。それぞれが異なる楽器を演奏する、異なる役割を持つから一緒にやる意味があり、バンドが成立する。だから周りと異なるスペシャリストになろうと皆奮闘していた。

でも一つのものを極めるには知識の幅も必要になる。仮に唯一無二のギタリストを目指したとしても、音楽の基礎は学ばねばいけないし、様々なジャンルのトレンドなどに関しては幅広い知識が必要になる。その幅広い知識があることで、始めてユニークなスペシャリストになれる。

一方日本では、幅広くなんでもこなせるゼネラリストが求められているように感じる。学問でもトップレベルの大学は国立大学で入学するために幅広い知識と思考力が求められる。企業でも、総合職という何でも屋から始まり、幅広く経験を積みゼネラリストになってからスペシャリストになる。

これは色んな楽器で演奏できるようになってから自分の専門を決めていく、そんな流れのように感じる。(でも大学では専攻を変更できないという矛盾があるが)

スペシャリストになろうとしても、ゼネラリストを目指そうとしても、基礎が必要で、幅広い知識が求められる。それでいて専門性を深める。どっちを目指しても逃げ道はなく広く学び専門性を高める必要があるという点ではフラクタル理論のように、それぞれが持つ知識を図化した時には似た形状なのではないだろうか。

キャリア構築とゼネラリスト

自分の人生にとってスペシャリストとゼネラリスト、どちらになるのがいいのだろうかと考えたことがあった。スペシャリストになるのは大変そうだからまずはゼネラリストかなと20歳の頃は思っていた。それを父親に話した時に親父は

「ゼネラリストとは、スペシャリストの領域がいくつもある人間のことを言うんだ。何か一つでもスペシャリストでないヤツがゼネラリストになんかなり得ない」

そう言われた。皆ゼネラリストの定義は様々だが、ゼネラリストという選択肢がスペシャリストになれないことから逃げ道になることはないのだと学んだ瞬間だった。

いずれにせよ幅広いことを学ぶ必要があるわけだし、複数の分野のスペシャリスト=ゼネラリストになれるようにこれからのキャリアを前進していきたい。